場面緘黙症について~経験者が語る私が発症した理由~

テカポ湖で背中を向けて座る女性場面緘黙症について
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プロフィール欄にも記載しているのでお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、
私は小学1年生~6年生になるまでの6年間、
「場面緘黙症」を患っていました。

この場面緘黙症についての認知があまりされていないので、
多くの方に知っていただきたく、今回記事にしました。

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場面緘黙症とは一体何なのか?

場面緘黙症とは・・・
家庭などでは普通に話しているのに、学校や公共の場になると突然「話せなくなる」症状のことを言います。
脳機能や言語能力に問題があるわけではなく、行動面や学習面などでも問題はありません。
また「時間が経過すれば治る」と思われがちですが、大人になっても症状が続いたり、大人になってから発症することもあります。
ただの内気や人見知りではなく、本当は本人が話したいと切望している場合がほとんどで、自分の意思で話す場所を選んでいるのではなく、
一定の状況におかれると、どうしても話すことができなくなるのです。
場面緘黙症の子供の多くは、先天的に不安になりがちな傾向があり、アメリカ精神医学会の『DSM-5』において、場面緘黙症は不安障害の一種とされています。

場面緘黙症の発症原因

原因は人により様々で、そのメカニズムはまだ研究段階。

しかし、「不安になりやすい気質」というベースがあり、そこに心理的要因や社会的要因が影響されているのではないかと考えられています。
その中でも、多くの子供の脳が新しい情報に敏感に反応する「行動抑制的な気質」を元々持っているという説が有力です。
「行動抑制的な気質」というのは、乳児の気質に関する研究の中で、見知らぬ人や慣れない状況に適応するのに時間がかかる乳児を“行動抑制的”としています。

私の場面緘黙症の発症

人によりタイミングや要因は様々ですが、
私が実際に場面緘黙症を発症した経緯をご説明します。

私は小学生になるまで、信号もないような田舎で育ちました。
同級生は全員で8人しかいないような本当の田舎です。
しかし、小学1年生に上がるタイミングで、都会の学校に少しの間引っ越すこととなりました。

それが私の場面緘黙症を発症した時期でした。

それまではいたって普通に誰とでも話し、
どちらかというとアクティブな子供だったのではないかと思います。
しかし、同級生が8人だったところから一気に200人以上いる学校へ引っ越したことで、
おそらく体と脳が追い付かず、びっくりしたのでしょうか。
正直、はっきりとした原因が何だったのかは自分でもわかりませんが、
その学校に通った瞬間から、人と話すことができなくなりました。

突然、声が出せなくなったのです。

周りが人だらけで、これから私はどうなるの?という不安があり、
その場の雰囲気に圧倒されていたのは確かです。

しかし不思議なことに、特定の人や特定の場所では話が出来るのです。
これには周りの人も戸惑っただろうなと思います。

話したくないから話さないわけではないのです。
内気な性格とかそういうわけでもなく、皆と同じように本当は楽しく会話がしたかったのですが、期待されればされる程、声が出ませんでした。

場面緘黙症を患っている人のうち、家族とは話が出来るという人がたくさんいますが、
私の場合は少し変わっていて、家族の中でも喋ることが出来る人と出来ない人がいました。
離れている期間の多い、親戚や祖父母などとは全く喋れませんでした。

そして、1年もしないうちにまた田舎に戻ることになったのですが、
私の症状は改善されず、仲良くしてくれていた友達が喜んで迎えてくれていたのに、
話すことが出来なくなってしまっていました。
昔は喋っていた仲良しの友達が、帰ってきて喋らなくなっていたら戸惑いますよね。
不安要素がその時点で既に大きくなりすぎていたんだと思います。

そして学校では、友達とのやりとりは全て筆談。
紙に書くか、黒板に書いてのやりとりです。
しかし、授業中などに発表しないといけないときはやむを得ず声を出していましたが、
それは苦痛でしかありませんでした。
普段から話せないだけにその瞬間のみんなの注目度が半端なく
「さきちゃんが喋った!」とザワつくのです。
私の場合たまに声を発することによって症状を悪化させていたのかもしれません。
とにかく周りからの視線を感じると声が出なくなる、という状態でした。
その生活は小学校の6年間続きました。

喋れないことを指摘されたり、喋れないから反抗しないだろうという理由で屈辱的なことをされたりと、
辛いこともたくさんありましたが、幸いにも、田舎だけあってそんな私にも皆優しく接してくれていました。
支えてくれた家族や友達に感謝しています。

今となっては、この経験が自分を良い方向に持っていくきっかけになったと思っているのですが、
その当時はそんな将来のことなんて考える余裕はなく、(というよりも将来のことを考えることがより不安だった)
伝えたいことがたくさんあるのに、喋れない(声がでない)
私は周りから必要とされているのだろうか・・
と、自暴自棄に陥ることが多々ありました。

例えば誰かがけんかをしている時に、今、言葉を発すれば助けられる、
誰も見ていなかったけれど、私は見ていた情報があるから伝えたい!!
と思うのに、誰にもその情報を伝えられず、悔しい思いをすることも多々。
誰もいないところで大泣きするなんてことは、しょっちゅうありました。

悩んでいる人に伝えたいこと

今、場面緘黙症で悩んでいる人達の苦悩は目に見えないもので、計り知れないと思います。
それでも今生きていられることはかなり根気強い性格だからだと思うんです。
それに加え、それだけ繊細な心を持っていて、
色んな人達の行動を見てきた人は、心が綺麗な人だと私は思っています。

だから、今もしすごく悩んでいる人がいたら、周りから辛いことを言われても
負けないで、自分を信じて生きていって下さい。
未来は明るいと私が証明してみせます。
だから自分を責めないで下さい。あなたは大丈夫です。

もし、私にできることがあればいつでもコメント下さい。
誰かに見られるのが困るという方はTwitterに直接DMをお送り下さい。
大したことは言えないかもしれませんが、経験者として何かアドバイスできるかもしれません。

私が克服した経緯や、周りの人がどうやって接するべきなのかということは、
下記の記事でご紹介しています。

経験者が語る場面緘黙症を克服するまでの道のりと周りの人のサポート
私が場面緘黙症を克服するまでの道のりと、周りの人がどういうサポートをするべきなのかを経験者である私なりにまとめてみました。誰かの背中を押してあげられる、そんな記事になれば幸いです。

この記事で一人でも多くの人に場面緘黙症の存在を知って頂けたら嬉しいです。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

コメント

  1. shu より:

    そーだったんだ。しんどかっただろうね。今は互いに支えられる友達もたくさんできて、本当のなるべき自分の姿になってるんだろうね。これからも頑張ってね。

    • SakiSaki より:

      コメントありがとうございます!素敵な友達や家族に支えられて生きています^^これからも頑張ります♪

  2. Yuki より:

    初めまして、僕も場面緘黙で小学校の6年間、声を発する事が出来ませんでした。
    少し表情を変えただけで、クラスがざわつく…とても苦痛だったのを思い出します。
    最近、場面緘黙というものを知りました。
    あの頃の自分と同じような経験をした人が他にもいるという事を知り、僕は救われた気持ちになりました。
    今現在、僕は結婚し子供にも恵まれとても幸せです。

    • SakiSaki より:

      コメント頂きありがとうございます!
      Yukiさんも私と同じ期間、同じ辛さを経験して乗り越えられたんですね。
      今、とても幸せに過ごされているということ、自分のことのように嬉しく思います。
      Yukiさんがコメントを下さったおかげで、私もさらに救われた気持ちになりました。
      ありがとうございます^^これからもお幸せに!